バンコクで働く医療コーディネーターTAKEのブログ(FC2版)

タイ・バンコクのSRS(性転換、性別適合手術、美容整形、植毛)やIVF(着床前診断、卵子提供、代理出産)など医療情報を日本語で発信しています。

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MtFのパートナーへの直撃インタビュー!

「MtFのパートナーへの直撃インタビュー!」

 2012年11月現在、今なおSRS後の情報は極めて少ないように思います。
少しでもお役に立てたらという思いで執筆するに至りました。

・SRSを行った場所は、ガモン・クリニック(現ガモン・ホスピタル)です。
・術式は、陰嚢反転法による感覚重視のオペです。

Q=MTF(Hさん)からの問い
A=パートナー(一般男性)の受け答え
→=MTF本人による補足説明


Q:正面から見た外陰部の見た目は普通ですか?
A:人によって個人差があるからなんとも言えないが、特に変な所はない。

Q:外陰部の感触はどうですか?
A:少し骨っぽい固さがあるように思う。女性器は柔らかい。
→確かに少し固い気がします。私のが固いだけかも知れませんが。

Q:強いて変な所を言うとしたら?
A:恥丘が盛り上がっている。上付き。
→普通に立っていると、確かに上付きに思います。

Q:陰毛の生え方が一般女性と比べて違うように思いますが?
A:確かに一般女性は、陰毛が真ん中に向かって生えている感じだが、
  年数経つに連れてHさんのも一般女性のような生え方に変わっている気がする。
→確かに、陰毛の生え方はSRS前と比べて真ん中に向かって生えるような感じに変化しました。

Q:大陰唇の見た目は普通ですか?
A:天然物のようなビラビラ感はあまりない。覆い被さっている感じ。
→天然物のような幾重にも重なった感じは確かに無いです。個人差の範囲内だと思います。

Q:小陰唇があまり目立たないように感じるのですが、変ではないですか?
A:そう言われてみれば、という程度であって気にする事はないように思う。

Q:開いてみた場合の、見た目はどうですか?
A:天然物の膣口は徐々に広がっていく感じがするが、SRS後の膣口は穴という感じ。尿道がはっきりとわかる。
→確かに膣口は穴として、はっきりと認識出来ます。尿道は女性器に比べ太いように思います。

Q:陰核(クリトリス)の見た目はどうですか?
A:極めて普通。個人差が大きい部分なので全く問題ない。
→私個人の意見ですが、大きさが常に一定な気がする。天然物は大きさが変化する気がする。

Q:色的な部分で何か変化はありましたか?
A:SRS直後は痛々しいようなピンク色をしていたが、月日が流れるにつれて落ち着いた色に変化した。
→確かにSRS直後はグロい感じでした。

Q:挿入の際に気になる点はありますか?
A:体位が限定される。挿入の角度が常に一定。
→いわゆる、かき回す感じがあまり無いようです。

Q:濡れる感じはありますか?
A:膣内が濡れてくるという感じはない。
→S字結腸式ではないので、理論的に膣内から濡れる事は無いと思います。

Q:膣内の感触はどのような違いがありますか?
A:亀頭部の横の方は天然物よりも擦れる感じはあるが、先端部分は宙に浮いている感じがある。

Q:一番の違いはどのような部分ですか?
A:やはり、先端部分が天然物に比べて膣内でちょこちょこ当たる感じが無い。

Q:総合的にはどのような印象をお持ちですか?
A:見た目は普通で、膣内は感触の違いがはっきりと分かるが、気持ち的な部分が大きい。
  そもそも性行為は暗い場所で行うので、見た目はそれほど気にする必要は無いように思う。



「パートナーからの逆質問コーナー」


Q:膣内が濡れる感じはあるのか?
A:膣内が濡れる感じは無いが、尿道から分泌液が出るので問題はないように思います。

Q:陰核の方が感じるのか?
A:男性の亀頭部に相当するので膣内より陰核の方が感じます。

Q:挿入の際に、気持ち良さに違いがあるのはどうしてなのか?
A:一般的にも言える事ですが、前戯のあるなしによって、感度が変化するように思います。

Q:挿入だけで満足するのか?
A:膣内はあまり性感は無いのですが、いわゆる満たされてる感はあるので、
  十分に満足出来ます。

Q:性交と自慰とは感覚に違いはあるのか?
A:自慰の際は陰核の圧迫によって感じるのですが、性交の際はいわゆる擦れる感じとして膣内で感じます。

Q:素股の感じはどんな感じなのか?
A:以前に比べ邪魔な物が無いので、より繊細に感じます。

Q:膣内の奥の方が細いように感じるのですが?
A:それはダイレーションをサボっていた為、塞がってしまった為だと思います。

Q:SRS直後は痛がっていたように感じますが、最近は痛みを感じにくいのですか?
A:奥の方は確かに痛みを感じましたが、最近は塞がってしまったので行為自体には痛みは感じません。
  おそらく痛みの度合いは奥の方が強いように思います。

Q:コンドームを装着して挿入するより、生で挿入する方がスムーズに感じるのですが?
A:コンドームを装着していた場合は、男性器からの分泌液が出ない為、
  その都度ローション等を使用しなければなりませんが、
  生の場合は男性器からの分泌液が出るのでスムーズに性交する事が出来るからだと思います。

Q:SRS直後に比べて膣内の柔軟性が無くなっているように感じるのですが?
A:以前は痛みを感じながらも様々な動きが出来ましたが、ダイレーションをサボると柔軟性が無くなっていくように感じます。

Q:総合的に満足はしているのか?
A:見た目的な部分や感覚的な部分でも実生活において全く問題ないと思います。
  確かに天然物と比べると若干の違いはありますが、個人差の範囲内に収まると思います。
  それよりも気持ち的な部分がすごく大きいので、現状には非常に満足しています。

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| タイSRS体験談 | 00:25 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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皮下乳房切除+子宮・卵巣切除手術体験談

皮下乳房切除+子宮・卵巣切除(全腹腔鏡)手術体験談と皮下乳房切除+子宮・卵巣切除(膣式)手術体験談をアップしたお知らせを忘れていました。

皮下乳房切除+子宮・卵巣切除(全腹腔鏡)手術パッケージの体験談
http://www.thaisrs.com/report/FtM/Experienced_report_2012_01.pdf

皮下乳房切除+子宮・卵巣切除(膣式)手術パッケージの体験談
http://www.thaisrs.com/report/FtM/Experienced_report_2012_01_2.pdf

ダウンロードしてご購読下さい。

| タイSRS体験談 | 20:00 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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タイのガモン・ホスピタルでのSRS手術経験談

タイのガモン・ホスピタルでのSRS手術経験談です。なにかご参考になればと思います

【タイに行くまで】

帰国後すぐに動けないことを想定して揃えたもの

*お尻が痛くならない自転車サドルカバー(あまり使えないかも、、ですが

http://home.att.ne.jp/blue/kirico/outdoor3.html

*買い物に行くキャリーバック

自転車に乗れないので、スーパーで買い物した物を運ぶために。


【帰国して】

コンドームの通販
http://www.condo-m.com/

ゴム手袋
アスマルで買えます
http://www.asmaru.com/

ダイレーションのやり方は病院のようなベッドがないので
自宅のベッドにビニールシート(レジャーシートなど)をひいて
ダイレーションのサポートベルトを引き、あとは病院と同じです

エアコンをつけていると、どうしても乾燥気味になり
ダイレーターにつけたゼリーが乾燥してします場合があります

あるいは入りにくい日などは、最初入れてから、20分ぐらいしたら
一旦だし、再度ゼリーをつけて入れると入りやすいです


最初のころは、ワンサイズ小さいダイレーターを入れてから
後で太いのに変えてました

ダイレーターは時々洗い、また膣内は下記のようなビデを使っていましたが
あまりやりすぎると膣内を痛めるのでほどほどにしたほうがいいようです
http://store.shopping.yahoo.co.jp/frontier/14-311-41.html


大陰唇に下着やナプキンによると思われる擦れができ、とても痛い思いをしました
1年を経て、ようやく治ってきましたが、地方へ出向いているときに耐え切れなくなり
ホテルで紹介を受けた、産婦人科に行ってみましたが、SRSそのものに知識がなく
GIDに関しても皆無でした

ホルモン療法なども含めてSRSしてからの治療は、専門医に絞られてくるような
感じがします


【胸】
GIDオペと、豊胸がセットになったプランでされる方が多いと思いますが
病院でのオペ後ですが、ダイレーションと胸のマッサージが同時に行われるので
どうしても、胸の痛みに耐えるのが必死でダイレーションがおろそかになるようでした

帰国してからの胸のマッサージですが

プレマリンクリームを最初に塗ります

ちょうど、平たい胸の上に肉まんが乗っているイメージを持ち(笑)
肉まんの紙のついている部分(一番下のほうです)を上下左右に動かすような
イメージを持つと効果があるようです

他には、右手で左の胸の脇から真中へ引っ張るようにし、左手を
肩から後ろへぐぐ~っと伸ばすようにします
これを両方向すると柔らかくなります

胸のマッサージはネットで調べましたが、どれも純女さんのマッサージで
シリコンをいれたマッサージはあまり見当たらないようです

胸そのものをマッサージするより、付け根のところの皮膚を伸ばすような
感じをもつといいようです


その他

【*手術代金の国際送金について】
私はUFJ東京三菱で送りましたが、なかなか送金自体が高額なため難しく
対応している支店が少ないです。

何のために送るのか?、お金はどこで準備したのか?等々尋ねられました
手術の料金だと言うと、そんなにいるのかと失礼な事を受けました

送金はタイに行くわりと直前にあることが多いと思いますので、対応している
支店をよく調べたほうがいいようです


【*健康診断】
健康診断書を書いてもらうには保険が効かなく一般的にどこでも
高く(2~3万)時間もかかることが多いです

私が行ったところは下記です(英語記載可)1万ぐらいでした
http://www.nagashio.jp/


日本に帰って思ったのは、SRS前の情報、あるいはGIDそのものに関する情報は
多いのですが、SRS後の情報は極めて少なく、またSRSをしようと思っている人から
「いいなぁ~」といったような目で見られるのか
自慢話に聞こえがちで、あまり話さない人が多いようです


【*円座】
病院でもらった円座はつい最近まで使ってました

なかなか、東京で円座を持って電車に乗ったりするのは恥ずかしいのと
座ったり立ったりが多い仕事場ではつらいものがありました。

職場では、無印商品で売っている低反発クッションをU字型に切り抜き
ちょうど、トイレの便座のように作り変えて使ってました
http://www.muji.net/store/cmdty/detail/4934761388335

市販のものは一長一短があり自分で加工するのがいいようです


*服装に関して
術後、患部をなるべく乾燥させたほうがいいのは私も思いましたが
実際、夏季でもない限り寒い日本でなかなかできることではなく
わたしもつらい思いをしました

そこで、いいと思ったのは

スカートをはく場合

生足(何も靴下を履かない)でいられればいいでしょうが、そうもいかない時は

ガーターベルトにストッキングがよいです
そんなになやましいものでなく会社でもOKなのがありました
★http://www.okadaya.co.jp/hobby/

パンツとガーターベルトを履く順番を間違えないようにすれば多少時間は
かかりますが、慣れれば結構使えます


ヒップ部の広くなっているタイツはこの前お話しした通りです

他には、サルエルパンツという腰部がゆったりめのパンツがあります
これもよかったです(どこにでも売ってるものではありませんが
最近ですとユニクロ系列のGUというサイトで「ゆるぱん」というのが
あります。

タイツ、ジーンズはピタッとしたものを履かない、ワンサイズ上の着るのがいいようです

可能であれば、患部にあまり枚数がいかないほうがいいようです

例:ジーパンだと、パンツにジーパン。ショートパンツだと、パンツにタイツにショートパンツ
スカートだと、パンツにストッキング。

つまり、パンツ(下着)の上にあまり重ねない方がいいです

服装は自分の好みがあると思います。感じとしてヒップ部を圧迫しないような物が
いいです。さがすと結構あるし、サイズを大きくするだけでも効果はあります


【*下着など】

コットンのもので肌触りのいいものがよいようです
オススメはワコールの普通のショーツです

http://www.wacoal.jp/product/disp/CSfLastGoodsPage_001.jsp?GOODS_CD=PPA101&SEASON_CD=12SS


【*ナプキンについて】
使ってみてよかったと思ったのは

ソフィー:ボディフィット軽やかスリムの羽なし(17,5cm)
羽ありはオススメしません

ソフィー:ふわごごち(パンティーライナー)

ナプキンはかなり色々種類があり、使っているうちに自分にあったものを
見つけるようにした方がいいです。試した中ではソフィーがよかったですが
これも、いつも同じではなく患部の変化と共に変わっていきました

また、本来の目的と違うところもあるので、試してみるしかないです


【*体調管理】

とにかく体力気力共におちます(他の方も同じようにおっしゃってました)
疲れやすい、SRSを受ける前の自分との差異に落胆する、、などなど鬱になります

日々の食事で、肉、プロテインなどのたんぱく質をしっかり取ることが大事のようです
あとは、いくらでも寝れるのでとにかく寝てました(笑)


【*戸籍変更】
実はまだ変更が終わってないのですが、大森様に電話で聞いた
大学病院の診断書に関しての話は事実かもしれません。

つまり、自分のところの病院で手術してない患者にたいして診断書を
書いていいものか、、、云々というとこです

その後、針間メンタルに行き診断書を書いてもらえるようになりましたが
ここまで、待っていた当事者としては理解できないところがありました。

| タイSRS体験談 | 12:00 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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苦しかった48年間がうそのようです。

○○です。
昨日、無事、日本に着きました。
色々とお世話になり、本当にありがとうございました。

心が晴れ晴れとして、今の日本の季節の秋の空の様に清清しい気持ちです。
苦しかった48年間がうそのようです。そして何より、タイの皆さんに、大切な事を教えていただきました。
横須賀さん曰く。言葉が通じないから、心で伝えると言う事。心で話すと言う事でした。

本当に、いい方達と出会いました。思い出が、宝物です。人生の大いなる1ページになりました。
山元さんには、車の運転、ショッピング、心のケア、その他面倒を見てくださりありがとうございました。
プイさんにも、言葉のフォロー、手を握ってくれたり、足をさすって励ましてくれたり、手術室の前まで着いてきてくれて、心で話してくれました。

名前はわかりませんが看護婦さん、その他の皆さん、体を洗ってくれたり、麻酔からさめた時、粗相(お漏らし。嘔吐)した時。本当に日本語で、大丈夫!大丈夫!問題ない!といってくれた人が居ます。嬉しかった。

ガモン先生。最高です。
タイ語。英語。が話せないので、十分に御礼が言えなかった。本当にありがとうございました。コップン、カップ!です。
楽しかったのイメージしかありません。冗談も分かり合えた。又タイに行きたいと思います。タイは、希望です。
伝えたい事が、うまく文章にできなくて、支離滅裂でもうしわけありません。

ありがとうございました。

| タイSRS体験談 | 17:26 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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私のタイ国の三度の手術体験記~完全女性化手術への道程~その3

タイへ第三回目の渡航:40日間
・植毛 – H.H.H.ヘアーセンターにて
・SRS+豊胸+顔の女性化(フェイスリフト) – ガモン・クリニック

12月、いよいよ最後の訪タイです。空港では横須賀さんとエーオさんが出迎えてくれました。初日は横須賀さんの事務所に泊めてもらい、翌日には蝋人形館へ連れて行ってもらいました。タイ王族や高僧の蝋人形を、私は興味深く見学しました。

先ず自植毛を受けました。クリニックはHHHという有名な植毛専門医で、医師の名はウィロートといいました。前回のFFSの傷口を隠す目的と、額の生え際を丸く女性的にするためでした。手術前、医師との面談で額に線を引いて生え際の位置を決めました。その後後頭部の髪をカットされ、そこに麻酔クリームを塗られました。

いよいよ手術が始まりました。後頭部にバイブレーターを押し当てられ、そこに麻酔を打たれました。そして頭皮が切り出されました。痛みはありませんでした。次に生え際にも麻酔を打たれ、ニードルのような機械で次々と穴を開けられていきました。歯医者さんが歯を削るときのような機械音がしました。その作業と並行して、別室では看護婦が切り取った私の頭皮から毛根を株分けしていました。

穴が開け終わると、看護婦が数人で一本一本植毛をしていきました。手術があまり長時間にわたったので、私は途中トイレにたちました。手術中、日本語をほぼ完璧に話す女性が通訳としてずっと付き添ってくれました。

手術が終わると、手術跡は赤くぶつぶつになっていました。医師から「植えつけた髪はかさぶたとともに3ヶ月ですべて抜け落ちる。3~6ヶ月したら新しい髪が生え始め9ヶ月でほぼ生え揃う」などといわれました。クリニックからバンダナをもらい、それをかぶって傷口を隠しながら山元さんにコンドータウンまで送ってもらいました。翌日、目と目の間が少し腫れてふくらみました。

SRSの手術前日、タイ人女性スタッフのプイさんがコンドータウンまで迎えに来てくれました。ガモン医師とのカウンセリングの後、すぐ入院して腸内洗浄に入りました。手術はS字結腸法でした。私の場合5年前の睾丸摘出で陰嚢が萎縮しており、反転法では膣の深さが取れないというのがS字にした理由でした。

午後4時に下剤を飲まされ、6時から腸内洗浄が始まりました。ベッドの上で体を横向けにし、肛門から大量の水を腸内に流し込まれました。最初の数回は真水ではなくコーヒーでした。急激に下腹部が膨張し、まるで下痢便を瀬戸際まで我慢しているような激しい便意に襲われました。口から逆流するような吐き気も生じました。

一時間おきに水を肛門から大量に注がれ、それをトイレで排出するという作業を繰り返しました。回数が増えるごとに慣れるどころか、むしろ苦しさは増していきました。手術までに腸内を空っぽにしなければならないということでした。初日は夜11時まで計6回におよび、最後はへとへとでした。

翌朝7時より再び腸内洗浄が始まりました。午前中までに、無色透明の水しか便器に出ないようにしなければならないということでした。手術は午後3時でした。なんとか腸内洗浄を終え、病室で手術時間を待っていると、プイさんの携帯に横須賀さんから電話がかかってきました。私に用事ということで電話を代わると、「急で申し訳ないが、手術をガモンクリニックではなくピヤウェート病院でしたいとガモン先生がいっているのですが」ということでした。

理由を聞くと、私がスポーンクリニックでFFSをした際、呼吸が浅くなったり血圧低下を起こしたりしたことで、もしかして麻酔に弱い体質かも知れないと判断し、万一の時に応急処置がすぐ取れるよう、設備が完備された病院でしたいということでした。「執刀医もスタッフも全員移動するので、別な先生が手術をするわけではありません」という言葉で安心し、それに承諾しました。点滴をつけながら車椅子で移動しました。

ピヤウェート病院で入院の手続きを終えると、横須賀さんが駆けつけてくれました。待合室には大きなテレビがあり、オカルト番組が放映されていました。横須賀さんが、「タイ人はお化けが好きで、こんな番組ばっかりですよ」といって緊張をほぐしてくれました。青いガモンクリニックの入院服からピンクのピヤウェート病院の入院服に着替えさせられ、8階の病室に移動しました。

手術の時間が来ました。手術室に向かう私を横須賀さんとプイさんが見送ってくれました。途中若い男性医師に「どういう手術をするのですか」と質問されたので、「SRSです」と私が答えると、横須賀さんが「確認ですから」と大きな声でいってくれました。手術室に入ると、ガモン医師がやってきて笑顔で握手をしてくれました。麻酔を入れる前、若い男性医師が英語でなにやら注意事項を語ってくれました。うなずくと麻酔が体に流され、すぐに意識を失いました。

覚醒するちょっと前、夢を見ました。すぐ忘れましたが、麻酔の最中に夢を見たのは初めてでした。気が付いて先ず、腸が張るような不快感に襲われました。近くに看護婦がいたので「いつ手術が終わったのですか」とたずねると、彼女は「11時」と答えました。ちょうど8時間でした。その後「痛い?」と問い返されたので、私は日本語で「腸が張る」と答えましたが、当然ながらそれは彼女には通じませんでした。その後すぐにまた眠ってしまい、再び目を覚ましたときには腸の不快感は消えていました。しばらくして病室に運ばれました。

ピヤウェート病院のベッドが硬いため、腰が痛くて眠れませんでした。翌朝、山元さんが来て「午後にガモン医師が検診に来ます。その後ガモンクリニックへ移動になります」と教えてくれました。私は動きたくありませんでしたが、ピヤウェート病院にいてはガモン医師の指示が看護婦に上手く伝わらないからということでした。

午後、ガモン医師が来て包帯を解き、手術跡の血を洗い流す作業をしてくれました。洗浄が終わると再び陰部を包帯でくるまれました。山元さんが、「腫れや出血もたいしたことなく綺麗です」といってくれました。私が「いったい患部はどうなっているんですか?」と聞いたら、彼は「後のお楽しみです」と答えました。その後ストレッチャーに乗せられ救急車でガモンクリニックへ搬送されました。まるで瀕死の重症患者の気分でした。

ガモンクリニックでの入院が始まりました。プイさんから「もうすぐ歩く練習をします。そうして腸を動かし、おならを出さなければいけません。おならが出たら水が飲めます」といわれました。初めて歩くときプイさんが支えてくれたのですが、立っただけで冷や汗が出て、二三歩歩いてドーナツクッションに座り込んでしまいました。足が紫色になって、極端な貧血症状でした。

抜糸の後、チーフ看護婦のメームさんが来て「これからダイレーションをします。リラックスしてください」といいました。そして私の膣を洗浄し、ろうそくのようなダイレーターを突っ込もうとしました。しかし思うように入らず、私はあまりの痛さにのけぞってうめき声をあげました。数回試みた末、ようやくダイレーターが膣内に入り、「30分このまま」と彼女にいわれました。私は毎日こんなことをするのかと思うと、生きた心地がしませんでした。

退院する前に、自力で排尿できるか確認するとのことでした。先ず膀胱に十分な尿が溜まるか調べるために、カテーテルのチューブを閉められ大量の水を飲まされました。しばらくして尿意をもよおしたので、看護婦を呼んでチューブを開いてもらうと、大量に尿がビニール袋に流れ込みました。それを3回繰り返し、ようやくカテーテルを外す許可が出ました。

初めて自分で排尿を試みました。今までと勝手が違い、なんだか怖いような複雑な気持ちでした。トイレにしゃがんで力むと、性器全体がまだ腫れているせいか、勢いはありませんでしたが、自力排尿することが出来ました。ようやく退院にこぎつけました。

自分の女性器を恐る恐る見てみると、小陰唇が“たらこくちびる”のように腫れて突き出していました。そこに上下斜めに縫った跡があり、ナプキンにいつも血がこびりつきました。術後しばらくは腰当パットにも血がにじみましたが、そちらのほうは治まっていました。しかし尿意の感覚がまだつかめず、排尿はぎこちないものでした。いつも尿が真っ直ぐ出ずに、ちょろちょろ左右に散らばってお尻を汚しました。

毎日ダイレーションが朝夕2回ありました。正直苦痛でした。ダイレーターは0番から6番まで計7種類あって、0番は直系2センチ弱、最大の6番は直径3.5センチくらいでした。当初0番で悲鳴をあげていた私は、将来6番を入れなければならないと聞かされ、「こんなものが入るわけがない」と思いました。数日後、0番から1番へサイズアップされましたが、じっとしていられないほど膣が裂けるような痛みが続きました。

体力も僅かずつ回復してきました。しかし性器の痛みは尋常でありませんでした。ペニスの亀頭部分を万力で絞められているような痛さと、睾丸の袋をカッターナイフで切り刻まれたような痛さが並行しました。無いはずの男性器が痛いといった感じでした。特に立っているとジンジン痛くなるので、ひどいときはベッドで横になっていました。

退院から8日目、最後の手術である豊胸に臨みました。手術前から「豊胸が一番痛いですよ。手術後のマッサージでみんな泣きますよ」と横須賀さんやプイさんからおどされていました。

横須賀さんが「今、下が痛いでしょうから、そこに上まで痛くなったら精神的負担も大きいでしょう。豊胸は遅らせますか?どうせビザがあるんですから、もう少し経ってからでもいいですよ」と気づかってくれました。しかしプイさんが「痛いのはいっぺんで終わらせたほうがいいよ。やっちゃいな」と励ましてくれたので、私は予定通りの日程で手術することにしました。手術は豊胸と、顔、首のリフトアップでした。

手術に先立ち、豊胸バッグのサイズをプイさんに選んでもらいました。プイさんはいくつかのバッグを私の胸に当て、「あなたの体格なら300ccがいいと思うよ。250だと小さいと思う」といわれました。私は彼女を信頼し300を入れることにしました。「300だとCカップになると思う」と彼女は言葉を添えました。

手術の日はクリスマスイヴでした。最後の手術なので、私は無事終わるように死んだ父の名刺をプイさんから足に貼り付けてもらい、お守りにしました。メームさんがその様子を見て笑っていました。私はメームさんに、「今日はイヴなので、ガモンサンタから胸をプレゼントしてもらう。眠りから覚めたら枕元じゃなくて、胸元にバストがプレゼントされている」と冗談をいいました。

手術は無事終わりました。手術前から豊胸はとても痛いと聞いていたので覚悟していたのですが、覚醒してみると痛くありませんでした。手も上がり、腕も思いのほか動かせました。ただバッグを入れた両脇と、リフトアップした両耳の後ろにドレーンが突き刺さっていて鈍痛がありました。山元さんに手を上げる動作を見せると、彼は「それだけ上がれば十分です」と笑顔でいってくれました。彼は私のために、なんども銀行へ両替に行ってくれました。

年末に入り、プイさんが休暇を取って実家へ帰り、山元さんも休暇に入りました。ガモンクリニックでは、医師、看護婦、スタッフ全員が、年末バーベキューパーティーをしていました。私はまだベッドの上で起き上がることが出来ませんでしたので、遠くから笑い声だけを聞いていました。

「年末で誰もいないんです」と、横須賀さんが見舞いに来てくれました。私が「胸、ぜんぜん痛くないですよ」というと、彼は「とてもラッキーなケースです」といってくれました。その後、彼はバーベキュー会場からエビを皿に取ってきて、私に箸で食べさせてくれました。今はほとんどスタッフに任せの彼ですが、5年前はすべて一人でお客をアテンドしていました。私はそのときのことを少し思い出し、ほんのり嬉しくなりました。

ダイレーションと並行してバストのマッサージが始まりました。バストはマッサージを怠ると硬縮を起こすとのことでした。毎日2回、両脇から二人の看護婦が体重をかけて圧し掛かり、約30分私のバストをマッサージしました。ダイレーションは痛いわ、マッサージは痛いわで、大変でした。正月開けにプイさんが戻ってきて、「痛くても我慢しないと、バストの形が良くならないよ」と叱咤してくれました。

プイさんは私をなんども買い物に誘ったり、日本料理店に連れて行ってくれました。私がダイレーターの6番を見て「こんなの無理」というと、「大丈夫。それどころかきっと7番が欲しくなるよ。でも7番はないけどね」と彼女は励ましてくれました。それとは逆に横須賀さんは「6番なんて外人とセックスする人が使うんじゃないですか。あんな太い日本人はいませんよ」と、冗談ともつかぬことをいいました。

最後のフォローアップで、私はいくつかの質問をガモン医師にしました。一番気になっていたのは、小陰唇に壊死したような白い部分があったことでした。ガモン医師はそれを「大丈夫。治る」といってくれました。山元さんも当初から、「黒いのはよくないが、白いのは大丈夫」と教えてくれていました。「排尿の際に尿がちらばってお尻を伝うのは治りますか」と聞いたところ、横からプイさんが「女性もそうなるよ」と真面目な顔でいいました。医師は「OK」と私に診断を下してくれました。

帰国が近づくと、私もだいぶ歩けるようになっていました。そのころエーオさんがバンコク観光に誘ってくれました。プラッケーオ、プラッポーを見学し、夜は私のリクエストしたタイ式ボクシングの試合をルンピニースタジアムで見学しました。プラッケーオでは偶然、タイ王室のシリバー・チュダボーン王女を見ました。王女は何人もの護衛に囲まれて、笑顔で手を振り私の目の前を通り過ぎて行きました。とてもラッキーでした。傷口がまだ痛いため、私は先を歩くエーオさんによちよちついていくのがやっとでした。

帰国の日、最後に横須賀さんの事務所で食事をいただきました。「ピシェート、スポーン、ヨーサガン、ウィロート、ガモン、このタイ医療機関のそうそうたるメンバーからすべて執刀を受けるなんて、あなたは記録保持者です」と、横須賀さんが面白いことをいいました。空港へは迎えのときと同じく、横須賀さんとエーオさんが送ってくれました。

横須賀さんたちと空港で別れた後、ハプニングがありました。出国審査でパスポートを見せたら審査官に捕まってしまったのです。そういえばパスポートの写真は、FFSもホルモン治療もしていない6年前のもので、横須賀さんが、「全く分かりません」といったあの写真でした。

怖い形相で「名前をいってみろ」「生年月日をいってみろ」と次々質問され、私は必死にそれに答えました。すると「OK」といってくれたので、やっと許してもらったのかと思いホッとしていると、今度は女性が来て、「あなたは本当に男か?私について来なさい」と別室に連れて行かれ、そこでも質問を受けました。最後はなんとか難を逃れることが出来たのですが、最悪の場合手術証明書を提示しなければならないと覚悟しました。

今までこのパスポートで何もいわれたことがなかったので、私はタイの審査を甘く考えていたのですが、そのときばかりは本当に肝を冷やしました。

日本でもしばらくは体のケアとダイレーションに明け暮れました。6ヶ月以内に6番のダイレーターを入れるよういわれていたのですが、なんと3ヶ月で入りました。ダイレーションを始めた当初、0番で悲鳴をあげたのがなんだったのかと思うくらい、その後のサイズアップは順調でした。その意味で、「大丈夫。7番が欲しくなる」といったプイさんは正しかったです。

痛みは4ヶ月くらいで完全に消え、自転車にも乗れるようになりました。6ヶ月たった今は小陰唇の腫れもすっかり引いて小さくなり、膣口付近の赤みも消えて目立たなくなりました。ダイレーションはまだ少し痛いですが、それでも6番のダイレーターが6インチ(15センチ)はたっぷり入ります。というより、16~17センチは入ります。

体を100%女にしたのですから、以後の生活も100%女として生きなければ意味がないと思い、男性時代の衣類はすべて処分しました。わざとボディーラインが強調できる服を買ってきて胸をそらして歩いています。そうなると現金なもので、もう少し胸は大きくても良かったと思っています。マンションの管理人や近所の人も最初は目を丸くして驚いていましたが、私が普段どおり挨拶していると、相手も普通に付き合って冗談まで返してくれるようになりました。

仕事を辞め、見知らぬ土地で暮らす私にとって、友達作りは必要不可欠でした。コミュニティーに参加するため女性として教会に通い始めました。年配の教会員はおろか、20代、30代の女性教会員でも私を元男と気づきません。まだ一般の意識として、性転換者などは、芸能界か大都市のネオン街にしか日本ではいないと思っているのでしょう。おかげさまでずい分友達も出来ました。しかしおしゃべりしたり食事したりするのは皆女性ばかりで、男友達はまだ出来ていません。今後の課題です。

仕事を探そうと思うと、戸籍変更が不可欠に思えました。女性としてハローワークで登録してもらい、女性名で紹介状を出してもらうのですが、雇用保険等の関係上いざ面接というと必ず現状をカミングアウトしなければなりません。上手く行かないと恥だけかいてきたようで落ち込みます。

私のことを心配して教会員の方が仕事を紹介してくれるような話もありましたが、心ならずも断りました。友人からの紹介で、自分の戸籍が知られるのが怖かったからです。戸籍変更さえしてしまえば堂々と友人に紹介依頼できるし、面接の際も過去のことは一切話す必要がなくなります。しかしようやく3度目の面接で、女性として福祉施設に雇ってもらうことが出来ました。施設からは「利用者が混乱するため、絶対に“元男”とはいわないように」と釘を刺されましたが、それは私にとっても願ったりかなったりです。

私はその不便さに業を煮やし、戸籍の変更をもくろんでジェンダークリニックを訪ねました。私が手術の証明書を見せると、院長は「え、ピヤウェート病院でやったの。僕もピヤウェート病院で手術したことあるんだよ」といわれました。自身でもSRSの手術を手がけるらしく、「特例法の施行前は、いくら書類を書いても裁判所にはねられたけど、施行されてからすべて僕は通しているからね。任せてください」と応じてくれました。ずい分古くから性同一性障害患者を支援してきた人のようです。

いずれにせよ、私がやってきたようなことは、勇気、執念、お金、健康、この四拍子が揃っていないと出来ないことです。しかし私にとって最大の勇気は、この手術のために会社を退職したことでした。築いた立場を投げ捨てるということは、新しい道に踏み出すより勇気のいることでした。よく結婚より離婚が大変といいますが、その意味が分りました。会社を辞めるときに要した勇気に比べれば、手術に望む勇気など取るに足らないものだったからです。

思えば、私の人生は奇妙奇天烈です。この奇天烈人生の片棒を担いだのがジェイ・ウェッブ・クリエーションであり、その社長横須賀さんであったことはいうまでもありません。彼とその家族、スタッフには心から感謝しています。

激烈な日本のサラリーマン社会を男性として先頭を走っていた私が、今や女性として教会の婦人会に参加して穏やかに生活している。なんだか自分でも笑ってしまいます。どこからか、あの、世にも奇妙な物語のサウンドと、タモリのナレーションが聞こえてきそうです。

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